会話をスマートにする! 無意味な言葉を削ろう!⑤

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今回のテーマ

文法的に正しい言い回しであっても、実際に書いたり、話したりすると話の聞き手が話し手に対し好ましくない印象を持つ場合があります。

今回は「ほう」という言葉に焦点を当てたいと思います。

意味をなさない「ほう(方)」を消す。

2つの例文を挙げます。

A

「こちらのほうの保険のほうをお選びいただければ、安心です。資料のほうはすぐにご用意いたします」

渡辺由佳, 2011 「会話力の基本」日本実業出版社 p.16. 

B

こちらの保険をお選びいただければ、安心です。資料をすぐにご用意いたします。

渡辺由佳, 2011 「会話力の基本」日本実業出版社 p.16. 

Aに例文に現れる「ほう」は直前の名詞を、ぼかして表現する際に人々の間でよく使われますが、無いほうが簡潔な文になります。

「ほう」に関する文法的議論

「ほう」否定派の主張

Aのような「ほう」の使用の仕方は、日本人のための日本語の使い方の本で間違いであると、よく指摘されています。

「ほう」の意味はいくつかあるのですが、代表して2つ挙げると、①2つ以上の選択肢がある中で、ある特定の選択(通常1つ)をする用法、②部門・分野・方面を漠然と指す用法があります。

問題となっている用法は②からの派生で、漠然と表すことを濫用して、あらゆるものに「ほう」がつけられてしまっていると主張されています。

正しいとされる例文

「将来音楽のほうに進みたい」
「父は防衛省のほうに勤めています。」
「近頃、ご家庭のほうはどうですか。」

(この記事の最後で、これらの例文の解説を行います。)

否定派が間違いだと考える例文

「料理のほうをお持ちしました。」
(②の用法の濫用。さらに料理を1品しか頼んでいない場合、①の用法としても間違っている。)

「お釣りのほうをお渡しします。」
(②の用法の濫用。普通はお釣りしか渡さないので、①の用法としても間違っている。)

間違いだとされる例文は主に飲食店やコンビニエンスストアで聞くことが出来ます。

日本語学者の見解

社会における「ほう」への批判に対して、日本語学者は「ほう」の使用は間違いではないと指摘しています。

日本経済新聞のインターネットに記事より抜粋し、引用します。


過去の新聞記事を調べたところ、「お弁当のほう」(中略)のような表現を批判する読者からの投書は、古いところ1993年の朝日新聞朝刊(東京版)(中略)で見つかった。その後もこれらの表現は新聞の投書欄やコラムなどでたびたび批判の対象となっている。

桜井豪   『 「よろしかったでしょうか」 実は正しいバイト敬語』https://style.nikkei.com/article/DGXMZO82543200Z20C15A1000000/
NIKKEI STYLE 日本経済新聞 2019年3月23日閲覧。

確かに「ほう」の表現は批判されているようです。では、日本語学者の見解の引用をみてみましょう。

「お弁当の方」という表現についても、間違いとはいえない論拠があるようだ。日本語の歴史に詳しい二松学舎大学の島田泰子教授は「ピンポイントで対象を指さないことによって、丁寧な表現とする方法の歴史は古い」と指摘する。高貴な人物の奥方を「北の方」といったり、相手のことを「御前」といったりするようにエリアを指すことで対象をあいまいに表現することがマナーという考えは昔からあった。


桜井豪   『 「よろしかったでしょうか」 実は正しいバイト敬語』https://style.nikkei.com/article/DGXMZO82543200Z20C15A1000000/
NIKKEI STYLE 日本経済新聞 2019年3月23日閲覧。

*歴史的に「北の方」は「きたのかた」と読む。「御前」は「おんまえ」。現在の人を呼ぶときの「お前」の語源。

日本語学者によれば、確かに歴史的な事実から判断すると間違いではないと指摘していますね。

では、なぜ人々は「ほう」が間違いであると認識してしまうのでしょうか。引用してみます。

森山教授によると、「漠然と方向で対象を示す」ような敬語は聞き手への敬意や丁寧さなどを表すことができる一方で、明瞭さを欠いていることも否定できないという。また、「○○の方」という表現は昔からあるが、自分が実際に手に持っている弁当を「お弁当の方」と漠然とした方向で示すのにはいささか無理がある。従来になかった新しい用法で使われることで、聞いた人に不快感が生じるのではないかという。

桜井豪   『 「よろしかったでしょうか」 実は正しいバイト敬語』https://style.nikkei.com/article/DGXMZO82543200Z20C15A1000000/
NIKKEI STYLE 日本経済新聞 2019年3月23日閲覧。

本来、漠然として曖昧で、抽象的なものをさす「ほう」が「お弁当」や「料理」等の目の前に具体的かつ実際に存在するようなものに使われているため違和感があると指摘しています。

日本語学者によれば、「ほう」の直前に来る名詞が具体的過ぎると不自然に感じる人が多いと指摘しています。

まとめ

以上「ほう」に関する例文を挙げて、その論争についてまとめました。

次回の記事で以上の議論をもとに、例文の解釈と検討を行います。